検証 日本の組織ジャーナリズム―NHKと朝日新聞
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組織ジャーナリズム、しっかりせよ! |
川崎泰資氏は1934年生まれ、柴田鉄治氏は1935年生まれ、二人は高校一年のときの同級生だったそうだ。その後、それぞれNHKの政治部、朝日新聞の社会部で仕事をしたジャーナリズムの戦友仲間なのであろう。
組織ジャーナリズムとは、フリージャーナリストやインターネットなどに対して、従来型のメディアのテレビや新聞を指すのだそうだ。本書で特に目を引いた文を挙げる。「ジャーナリズム精神の衰退が最も著しいのがテレビや新聞であり、その原因が『組織』にあるのではないか、という問題意識も込めて、組織ジャーナリズムという言葉を使うことにしたわけである」(2頁)。「今の組織メディアには、ジャーナリストというのは足で稼ぐことだし、地を這う仕事だという意識が希薄だ。ジャーナリズムというのは命がけでやる仕事だということが忘れられているのではないか」(4頁)。
私(「labyrinthからの出発」)がジャーナリズムの報道姿勢に疑問をもったのは、東海村放射能漏れ事故が起きた日( 平成11《1999》年9月30日)の夜、NHK放送ラジオ第一が事故のあった現地の状況を報道せずに、プロ野球中継を放送していたことに始まった。
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詭弁 |
著者の経歴を見て不思議に思いました。朝日新聞の元解説委員・出版局長とNHKの元審議委員がなぜ自らの古巣を批判するのだろうかと。しかし本書の内容は、題名から察する事ができるNHKと朝日新聞への批判などではなく、それらに対する激励ともとれる内容でした。そして朝日新聞への激励のみでは世間の批判をまともに受けると考えたのか、NHKを絡めているのも確信犯的でした。
NHKの従軍慰安婦特集番組の改変問題で、制作に携わった元番組制作会社ディレクターが先日「政治家の介入があったとされる前から、NHK幹部による改変の指示があった」と証言したという事は、政治家の圧力があったという朝日新聞の記事は捏造であった事ですよね。本書はこの事件の前に書かれていますが、朝日新聞をあのような記事捏造に走らせた社風というものを、皮肉にも本書から読み取る事ができます。
「朝日新聞がしっかりしなければ日本のお先は真っ暗」と書かれていますが、本当でしょうか。つっこみ所満載のとんでも本でした。
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絶妙のタイミング! |
本書の刊行は昨年12月らしいので、NHKの番組改ざん問題で担当デスクが内部告発する以前のことになりますが、なんとタイミングの良いことか。NHKの問題を扱った章で、この問題について詳細にわたって触れていて、もしかしたら告発したNHK職員は、この本を読んで触発されたのかもしれません。また朝日新聞についての章において注目すべきだったのは、朝日や地方紙も含め、多くの新聞社が自社傘下の印刷所の空き時間を貸し出し、『聖教新聞』や『公明新聞』の印刷に利用させ、相当な利益を挙げているとの記述があり、とりわけ毎日新聞の関与の大きさが取り上げられています。毎日は経営的に大変苦しいので、経営的には魅力のある業務ということになるのですが、創価学会の記念パーティーに出向いて社長が祝辞を述べるようでは、従来の鶴タブーを超えて、さらにスポンサータブーまで作ってしまっていることになるのではないかと、驚きをもって読みました。特に地方紙の場合は、自社の印刷部数よりも2紙の方が多くなっているところもあったり、記事に池田名誉会長が登場する回数も増えているようです。これで本当に連立政権批判がまともにできるのかと危惧します。一気に読めました。とにかく面白い。
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今話題の番組への介入…? |
NHKと朝日新聞のOB二人が、現在のジャーナリズムを厳しく分析する好著。受け手の我々がしっかりして送り手に対して疑問や問題指摘を投げ返していかないと、世論、国論がとんでもない方向に流されていくおそれが出てきている。そんな今を的確に衝いている二人の主張は鋭い。
戦争には行かず、節約を覚え、好き嫌いを言うことなしに古希を数年後に迎える小生にとって、なんと有難かった日本だったか。それを支えたのは人間尊重を基本に据えたジャーナリズムであった。売れればいいという商業主義に蝕まれて、会社員に成り下がった人々が送り手となっている今のマスコミ。真のジャーナリストはいつ現れるのか。待ち遠しい。



