国民の教育
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渡部昇一先生の教育関係への主張が体系化されております。 |
渡部昇一先生の今までの主張が教育という視点でまとめ直されております。本書をお読み頂ければ、戦後の日本の教育の課題と対策だけでなく、知性の高め方、国民としての不可欠のプライド、正しい父親のあり方まで体系的に渡部先生の考えを理解できます。
先生の今までの主張と一貫しておりますが、「国民の教育」が乱れたのは戦後の左翼による自虐史観が根底にあるとされております。教育者と言われる方々、マスコミ関係者には必ず読んで欲しい本です。
「古事記、日本書紀から話は始めるべきだ」とご指摘されております。自分自身大まかな概要は把握しておりますが、通読しておりませんので、大変耳が痛い内容です。不透明な時代だからこそ、忘れてしまった日本人の原点に戻らなければならないことに気付かされる骨太の本です。
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斬新ではあるけど、教育論ではない。 |
まず、本書を読む前に確認しておかなければならないことは、著者の渡部昇一氏も言っているように、本書は決して体系的な教育論ではないということだ。つまり、包括的に教育について述べていないということだ。私は体系的な教育論を述べているものだと思って購入したので、正直肩透かしを食らってしまった。
しかし、全く教育について無知な私から見れば、著者が説く教育に関する考えは非常に興味深い。例えば、塾を学校の1つとして認定してしまうというアイディアなどは考えもつかなかった。しかし、一方でその多くのアイディアの論拠が弱い気がする。思いつきで語ったような印象がある。
また、戦後史や天皇の話になると、お決まりの「サヨク vs. 右翼」の構図になってしまい、一方的な朝日新聞とサヨクの批判に終始してしまうことが残念である。今後、サヨク側から「『真』の国民の教育」などといった書籍が出版されないことを私は祈っている。
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「教育」を超越した教養読本 |
著者の渡部昇一氏は、多くの保守系論客の中でも、最も真っ当な考えの
持ち主であろう。大東亜戦争の経緯から書籍の整理法に至るまで、
教養人としての奥義をほぼ全て網羅していると言ってもよい。
また、他の保守派論客と異なる点は、自身も私大出身であるためか、
日本教育における私学の役割を高く評価し、また外務官僚の腐敗に対しても
厳しく批判している。その他、経済に対する洞察も鋭い。
とにかく、この一冊は、貧乏な学生時代から積み上げてきた
「渡部学」の結晶と言ってもよい。
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日本国民必読の書 |
560頁を超える大著でありながら、一気に読ませる抜群の面白さがある。書かれている内容は、殆ど著者が過去の作品で披瀝してきたものであるが、「国民の教育」という観点から整理し論じている点に特色がある。「あとがき」に「体系的な教育学はもとより目的とはしておらず、眼前の教育状況に対する憂いと対策を吐露したもの」とあり、その「憂い」と「対策」には大いに共感できる方が多いであろう。また、随所に著者の知的生活が窺われるのも興味深い。
渡部昇一ファンにとっては勿論、それ以外の方にとっても一読に値し、いわば「日本国民必読の書」といって過言ではない。平易に書かれているので、中学生でも十分理解可能であろう。
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デタラメだらけの妄想本 |
渡部昇一は、英語教育以外では、まともな論を一つとして語ったことがない。それもそのはず、彼は英文学を専攻する一学者に過ぎないからだ。学者は、自分が特定分野における専門家にすぎないことを自覚している場合にのみ、教養人でいられる。残念ながら、渡部は教養人ではない。
序文から、呆れるほどの間違いが散見される。
戦争直後に天皇が全国行幸を行い、警備はきわめて手薄だったのに危険がなかったと言っているが、「そう見える」場面もあっただけで、実際は厳重だった。地方では、十分に警備できる宿がなかったために、列車を宿とした時もあった。また、戦前に昭和天皇が摂政だったころに、ステッキ銃で狙撃されたことはどうなのか。治安維持法をもって、天皇制否定論者を片っ端から逮捕監禁していたことはどうなのか。
ソクラテスが言うように、真の教養は、無教養を自覚するところから始まるのである。



